note.10「前髪越しの世界」
portraitなどをみていただくとわかると思うのだが、カワハラの前髪はいま、大変ながい。何もしないで放っておくと、目をすっかり覆い隠せるくらい伸びている。そしてわたしは、この前髪が大変気に入っている。
正確に言うと、前髪越しに見える風景、がとても気に入っているのだ。
前から歩いてくる人達には、大変申し訳ないのだが(怪しいから)、前髪によってランダムに分割された世界、というのは奇妙にわたしを力づける。
とくに朝、へろへろに疲れ果てて、後はもう全てが終わるのを待つのみだ、などと考えながら地下鉄の駅を出て、歩いて帰る気力ももうなくてタクシー乗り場に向かう途中にふと見上げた、前髪越しにみえる空は、ものすごかった。
朝日が髪に透けて、ひどく暖かな色彩が世界を覆っている。
圧倒的な優しさの洪水に時間が、止まる。涙が出そうになる。
あんな風な優しさを世界からもらってしまったら、生きていくしか、ない、気がした。
たとえわたしが必要としたものが、わたしを必要としなくても、生きていくしかない。
さっきまで痛かった寒さが心地よくなって、このままどこまでも歩いていけそうな気になる。
まぁ、実際は、そのまま帰って寝るのだけれど。とにかくこのまま目が覚めなければいいのに、などと考えながら眠らずにすむ。それが前髪の威力なのか、単にわたしがバカなのかは置いておいて、この前髪、当分切られる事はないだろう。